M女の隠れ家

<2020年9月の日記>
2020年9月の日記

2020年9月2日
  
      ■暑い中で■
 9月に入って少しだけ涼しくなりましたけど、まだまだ暑いです。
そんな中、先日京都に行ってきました。



京都は盆地特有の暑さがありますね。
照りつける日差しの中、いくつかの神社を回ってきました。

歩いて汗だくになって、それでも真剣にお参りしました。
京都はお寺がいっぱいありますけど、神社もいいところがいくつもあります。

今度は奈良にも行きたいと思っています。
御朱印帳も前のがいっぱいになりましたので、3冊目を新たに購入しました。

なかなかいいデザインの御朱印帳なので、これも大切にして使いたいと思っています。

9月4日
      
■京都で感じたこと■
 京都駅に降り立ってまず最初に感じたのは、外国人がほとんどいない事です。
新型コロナの前は、京都は外国人だらけで、特に中国人や韓国人のマナーの悪さが目立ちました。

それが、今ではほとんど目につかないのです。
京都駅も人混みがあまりなくて、歩きやすい。

かつて僕が住んでいた頃の、あの静かな京都が戻ってきました。
神社を巡っていても、木々の下を歩いていても、本当に静かで心が落ち着くようになりました。

ほっとする京都です。
僕の大好きな京都です。

9月5日
      
■中国経済の今後について■
 いろんなところで、中国経済が今後どうなっていくのかという記述を見かけます。
中国のGDPがどうなっていくのか、どの分野が成長するのか、などが書かれています。

でも、それらの内容はどれも致命的な欠陥があります。
中国経済の最大の特徴は、中国共産党支配による世界でもまれな異形の独裁国家だということが、ほとんどの記述においてすっぽりと抜けています。

中国共産党がどのような指示を出すかによって中国経済は、大きく変化します。
現在、中国共産党は世界からの支持を失い、孤立化への道を歩んでいます。

世界から孤立した14億人がどうなるのか、現在のグローバル化した社会において孤立化は中国経済にどのような変化をもたらすのか、これが最大のポイントのはずです。
中国共産党がどの方向に進んで行くのか、どんな指示を出すのかを欠いた内容では、中国経済の分析においては価値半減です。

でも中国に住んでいる日本人や中国専門家と呼ばれる人たちが、中国共産党について書くことはタブーです。
中国共産党から目を付けられてしまったら、中国で生活していくことはほとんど不可能だからです。

今も中国に住んでいる人は、少しでも中国共産党批判になるような文章は書けないのです。
その結果、「鏡のない国」のように自らの異形の姿を見ることができず、自分の思い込みだけでお化粧をしているような国になっているのが今の中国です。

9月16日
      
■イーロン・マスクの言葉■
ういうのが、あるメルマガに載っていました。

今日の格言:
もしとても大切なことがあるのなら、たとえどんな困難が立ちふさがろうともやるべきだ。
- イーロン・マスク(テスラモーターズ創立者)

いい言葉だと思います。
僕は今、逃げています。

大切なことがあるのに、ずっとそれから逃げています。
もう何年も悩み続け、そして逃げ続けています。

9月17日
      
■「縦割り」だって?■
 最近の新聞やテレビニュースなどで、この「縦割り」という言葉を時々目にします。
僕なんか「縦割り」って聞くと、すぐにこれを連想しちゃうんだけど・・・。







いかん、いかん。
どうも不謹慎である。

そう思いつつも、この連想は止まらない。

9月22日
      
■ご主人様、何かあったのですか?■
 今月の5日に日記を書いてから次の16日の日記までの10日間、空白の期間がありました。
僕は「月に10回以上は日記を更新しよう」と自分で決めています。

その事は、以前もこの日記に書いたことがあります。
単純計算すれば、3日に一日の更新頻度ということになります。

だから10日間も更新がないとうのは、確かに不安視されますね。
そんな僕を、愛奴が心配して「ご主人様、何かあったもですか?」というメールをくれました。

こんな風に心配してくれる人がいるって、僕にはすっごくうれしかった。
誰からも気にも留めてもらっていないなら、それは寂しいことです。

僕のことを心配してくれる人がいる、それは僕に生きる力を与えてくれる、大げさかもしれませんが、そんな気持ちになりました。

9月23日
      
■「立たされたい」という願望■
 M女性の中には、いろんな妄想や願望を持っている人がいます。
SMは現実ではなかなか実現できないような、心の奥底に秘めた妄想や願望を、疑似的に体験することができます。

例えば、かつて小学校では悪さをした子を廊下に立たせるという罰がありました。
(今もあるのかな?)

そんな「廊下に立たされたい」という願望を持っているM女性は、実は意外に多いんですよ。
もちろんSMですから、ただ廊下で立たせるというわけではありまません。

裸にして麻縄でいやらしく縛り上げてから、ホテルの廊下に立たせるのです。
こんな感じです。





恥ずかしくても、この縛りをされると体を屈めることはできません。
手も後ろに縛られていますから、手で隠すこともできません。

パイパンだと、なおいやらしさが増して、いいですね。
僕の許可がない限り、ホテルのお部屋には戻れないのです。

ホテルの廊下だから誰かが来るかもしれない・・・、そんなドキドキ感がたまりません。

9月25日
      
■コミュニケーションの大切さ■
 SMでは特に、ふつうのセックスをするのとは比較にならないほどに、コミュニケーションが大切です。
ふつうのセックスでは、特にコミュニケーションや会話をしなくても、お互いにやりたい事、やることが分かっています。

でも、SMではM女性がされたいと思っている事、して欲しい事、どんな調教で興奮するか、感じるか、などが人によってまるで違うのです。
例えば、あるM女性は鞭で叩かれるのが好きというけど、別のM女性は痛いのは苦手ということは、よくあることです。

同じSMでも、好きと嫌いの両方が同時に存在するのです。
また、まだSM経験の浅い段階のM女性は、自分がどんなことで感じるかなどが、まだよく見極められていないのもよくあることです。

゛から、いろんな場面でコミュニケーションしながら、M女性の好みや感じる事などを、僕は探っていくのです。
本人も知らない感じるポイントを見つけ出した時になどは、僕はとてもうれしくなります。

恥ずかしがり屋のM女性は、自分の性癖に関することなので、あまり話したがらないこともよくあります。
それでも、僕は調教の合間に問いかけをしたりして、コミュニケーションを取っていきます。

9月27日
      
■うらやましいという気持ち■
 僕に届くメールの中に、よく「うらやましい」という言葉が書かれています。
男性からのメールにも女性からのメールにも、どちらにもこの「うらやましい」という言葉が入っています。

男性からのメールの場合は、僕が多くのM女性と出会って調教しているのが「うらやましい」ということです。
彼らのメールでは、自分はM女性との出会いがない、でもBlueさんは多くのM女性と出会っている、それが「うらやましい」というのです。

そして、もう一方の女性からのメールでは、僕からあんな調教をされている女性たちが「うらやましい」というのです。
彼女たちのメールでは、本当は自分もあんな風に調教されたいのだけれども、いろんな事情で僕にの調教を受けることができない、それなのに写真の女性たちは自分がかなえられない調教を受けているのが「うらやましい」というのです。

僕にはどちらの気持ちも、とてもよく分かります。
 でもね、実は逆に僕がとってもうらやましいと思っている事もあるんですよ。

この日記に何度も書いていますけど、僕はバツイチです。
家族を持つことに失敗した男です。

だから、週末の大型ショッピングセンターに行くと、そこで見る光景はとってもとってもうらやましい。
小さな子供を連れた幸せそうなファミリーが、僕にはとても心に痛いです。

また、同窓会に出席するのも、とてもうらやましく感じる時です。
かつてのクラスメイトたちの幸せそうな家庭の姿が見えてしまって、僕には辛い。

うらやましいという気持ちは、僕もいっぱい持っています。

月28日
      
■アルファインのSMチェア■
 SM専門のホテル「アルファイン」には、あのホテルにしかないオリジナルのSMチェアが設置されています。
あのSMチェアは、職人による手作りだと聞いたことがあります。



イスの横に付いている丸いハンドルを回すと、徐々にイスが後ろに倒れていくようになっています。
こんな仕組みのイスは、床屋さんにあるイスを連想させますね。

シートの色やハンドルの位置などは、それぞれの部屋にあるSMチェアごとに微妙に違っていたりします。
SMチェアがない部屋もありますから、フロントで確認してから部屋を選ぶといいでしょう。

あ、下の写真の5人はすべて違う子です。